IE9ピン留め
トルコへ  2006/11/26~12/4 
ようこそ!トルコの旅へ。ちょっと長いので・・・・・ゆっくりご覧ください。



1 トルコという国
    大の親日国 
    ヨーロッパとアジアにまたがる国 西洋(ボスポラス海峡)東洋 文明の十字路
    国土は日本の2倍(78万k㎡)、人口は2分の1(約6,300万人)
    トルコ民族80% クルド民族20% 99%がイスラム教(スンニ派) 識字率62%
    地中海・エーゲ海・黒海沿岸は海洋性気候 内陸は大陸性の気候
            (旅行地域は、地中海性気候で、冬は温暖で雨が多い季節)
    北と南に山脈 アナトリア半島 中央にアナトリア高原
    西アジア最大の農業国 小麦 綿 タバコ 果実 羊毛
     
   
2 歴史
330 東ローマ帝国
   ローマ皇帝コンスタンチヌス ビザンチウムというギリシャの町をコンスタンチノポリス
   (後にコンスタンチノープル)と改名し、東ローマ帝国を築く(ローマ帝国滅亡後も
    ビザンチン帝国として1000年続く)

1453 オスマントルコ帝国 
     トルコ族がコンスタンチノープルを陥落させ、オスマントルコ帝国の首都とする
     オスマントルコ帝国は、アジア・アフリカ・ヨーロッパにまたがる大帝国になる

1922 トルコ共和国
     ケマル・アタチュルクがオスマントルコ帝国を倒し、トルコ共和国をつくる
     イスラム地域で、政治と宗教を分離させ、最も西欧化している国となる
     EUに加盟申請中

11月26日 (1日目)

さあ 出発です!名古屋 セントレア空港から・・

アメリカ便はなぜ?きしめんがいけない。機内持ち込み禁止でトランクはOKですよ!



大韓航空の機内
激安パックの席は機内の後ろのほうです。
事故死亡確率が高いのです。


約2時間で韓国に到着
ソウルの空港でイスタンブール行きの飛行機を待つ.
韓国の飛行場で韓国冷麺を食べた。
メニューにはドルとウオンの表示があった。いづれも、もちあわせがなかったので、
日本円OK?と聞くと1200円だといわれた。
高い!と思ったが、いまさら、いりませんとも言えず、注文。
ケチばばは こんなところで 見栄を張り 五七五

仁川空港ではとっても大きい空港なので時間をつぶすのには困らない。
こんな写真を撮って、
BABAたちは大はしゃぎ。

夕方、飛行機はトルコ イスタンブールに向かって飛び立ったのです。


# by banpakugenki | 2006-11-26 09:00
 ソウル発 イスタンブールへ 11月26日(1日目)
ソウルからトルコ イスタンブールまでは約11時間。.
その間に食事は2回 食事以外にすることは何もない。飛行機は座席にテレビもついていたが、韓国語の映像で絵を見るしかすべがなかった。音楽も日本語が1局のみ。
其の点で飛行機会社の差が出てくるのだと思います。
エコノミークラスでは寝るのもこのスタイル。
タバコはまったくだめ。
この苦痛に耐えれる人が海外へ行くことができるのです。

機内サービスの洗面セット。
かかとのない靴下・アイマスク・歯ブラシ・ひも付き袋












大韓航空の機内食は→こちら

機内のテレビには時々、このように現在位置を知らせる画面でる。
まだ数時間も乗っていなければ・・・・
ヨーロッパの方面に行くときは時差の関係で1日が長いのです。
日本時間ならとっくに朝になり、明日になっているのに・・・・


出口の出迎えの人


トルコの通貨の単位はリラ。空港に両替所があるので両替する。
ホテルでも両替できます。
今回のびっくりしたのは、他国では1000円はほとんどいいのですが
日本円の100円玉が観光地ではOKだったことです。

空港でこの女性を見たとき、トルコに来た~~~と思ったのですが、
あとでわかったのですが、トルコ国内ではこのような服装をしている人はほとんど見ることはなかった。
私だけかも知れないがトルコ(イスラム教の人のスタイル)の認識が間違っていたのです。







ホテルに着いたのはトルコ時間の深夜の11時頃だった。当然、今から寝るのですが、日本人は朝の6時ごろなのです。
飛行機で寝れた人、寝れなかった人いますが、まだ夜中なので寝なけなりません。
これが時差のある海外旅行のつらさです。
ホテルは空港から30分くらいの場所、繁華街ではありませんでした。
ホテルの前にガソリンスタンドがあり隣に小さなストアー(コンビニ?)がありました。

イスタンブールのホテルは
GRAND CEVAHIR HOTELグランド ジェバヒル ホテル

# by banpakugenki | 2006-11-26 00:11
イスタンブールからアイワルクへ 11月27日(2日目)
いよいよ今日から観光が始まりました。
朝ごはんは、ホテルの豪華朝食。栄養はたっぷりつけました。

イスタンブールの郊外に立つマンション群
分譲か賃貸かは不明ですが、
分譲価格は日本と同じくらいだそうです
しばらく走ると景色はなだらかな草原になる。


対向車はほとんどいない。


途中。トイレ休憩 SHOPがある。
日本と同じです。


でもそのトイレは・・・・こちら



イスタンブールのヨーロッパ地区からの移動には船を利用しました。Geliboluからダーダネルズ海峡を渡りました。
地元のおばさんのファッションです。
顔を撮るるといけないので、全員があっち向いたとき、パチリ!














観光客相手におもちゃを売る。はじめは1000円で5個、下船近くなるとその値段はどんどん下がる。元気ばばも
とうとう買ってしまった。どうする?船内ではチャイを売っている。確か80円くらいだった記憶?忘れてしまった。


トルコの土産は・・・・トルコ石・じゅうたん ばば達は買った?→こちら

海岸近くのレストランでランチです。JTB旅物語の激安ツアーの昼ごはんです。
にんじんサラダ・さば・マッシュルームのスープ かぼちゃのデザート 甘くて食べられない。




飲み物はついていません。水・ワイン・ビール・ジュース・コーヒー・・・各自で注文
ビールはグラスで350円~500円くらいでした。

ホテルでもレストランでも水と注文するとこのようなペットボトルで持ってきます。超一流のレストランは知りませんが。
容器は押すとペコペコとやわらかい。日本のボトルとは比べようにもならない粗雑品。
レストランは200~300円くらいです。コンビにで買うと100円くらい。
今回の旅で買った水で一番安かったお店は、75クルシュ 65円でした。
日本はトイレの水でも、公園の水でもどこでも、ひねるとジャー~~!と出てきて、それが飲める。
水のありがたさを国民が感じていない。
ケチばば、水もケチってということを言いたいのではありません。外国はお水も商品のひとつなのです。日本は氷まで入れて持ってきてくれる、超親切な国です。


トロイの遺跡
 エーゲ海沿岸地方のトロイ遺跡 世界遺産 (BC3000~AD500)
ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」の中に トロイ戦争と木馬 伝説上の都市とされていたが、1873年に遺跡発見されたのです。

 










レプリカの木馬が改修工事中で見学できず、残念でした。


アイワルクのホテルはHALIC PARK HOTELハリッチ パーク ホテル












このホテルは一番悪かったが、エーゲ海からの日の出はとってもきれいでした。


このホテルからのメール

トルコ旅行中、はじめて海外でパソコンを利用した話は先日、ブログで報告したのですが、12月15日にカード会社から請求書が届きました。
利用したのは11月28日です。先月分の利用代金なのです。
当たり前の話ですが、さすがですね。
2日目のホテルでつたない英語とカードを使う不安でドキドキだったのに、請求金額は 278円

ホテルフロントマンはキャッシュカードしか使えないと言う。
Please teach このパソコンの・・・・・ ???英語?・・・・
使い方を聞く私、想像してください。汗タラタラ。30分300円と言ったような?言わないような?
でも今日の請求書で、やっぱり正しかった。
30分間に友人へのメールをする。
周りの利用者は外人ばかり。@の入れ方が日本のものと違う。決定的なダメージ。i アイも2種類ある。
勇気を出して隣の外人のおじさんに聞いてみた。
@はどうやって入力するの?日本なら@押すだけでいいのに・・・
なんていう英語は使えるはずもない。
@を指差して、あとはニコリと笑ったら、Shift押して@を押す。
おお~~~サンキュウです。それからは、どのホテル(トルコのパソコン)はShift @ でアドレス入力できたのです。
自分のブログの書き込みは無料のホテルで挑戦してみた。
エキサイトのアドレスを入れたら、なんと私のブログやHPが画面に映っているではありませんか!!!!
感激!言葉もありません。
ブロ友さんのページもOK。

勇気を出して・・・なんという恥さらしですが、今回のトルコの旅の目的の一つに、外国でネットをやってみたい!という夢があったのです。
届けられた請求書をみて、うれしかった。
ホテルによっては5分間だけ無料とか、さまざま・・・たまたまこのアイワルクのホテルは有料だったのです。

トルコ旅行の思い出の1ページとして請求書もアップしておこう。


3・5トルコリラ 日本円で278円 のカード会社からの請求書です。1リラ 約80円

トルコのパソコンからマイブログに送ったページはパソコンに日本語の言語が入っていないので
ローマ字です。
# by banpakugenki | 2006-11-26 00:10
アイワルクからバムッカレ 11月28日 (3日目)
アイワルクのホテルを早めに出発・・・ベルガマに向かう



ベルガマはかつてペルガモンと呼ばれ、アレクサンダー大王以後に栄えたところ。
紀元前3世紀半ばにはペルガモン王国が成立し、ここを首都とし、アクロポリスが建設され、ローマ帝国時代の一大交易都市でした。
エーゲ海も程近いトルコの西にある都市。
小高い丘、その上には古代の遺跡が今のベルガマの町を見下ろすかのように存在している。


 スライドショー
アクロポリスの斜面を利用して造られ、上から見下ろすと、吸い込まれそうな程の急斜面で、15000人程収容できるという。、半円形の野外劇場が作られている


ここに限らず観光地のみやげ物やはみな同じ、商品は雑然と並べられ、ほこりっぽい。
価格は言い値で買うのはやめた方がいい!

ベルガモからエフェソスははこんな整備された町。



今日のランチはチョップシン この地方の名物
牛肉の小さい焼肉、塩味で美味しかった。
スープはトマト味 トルコの人はトマトが好きなようです。トマトは豊富でバイキングにもたっぷり並んでいたし、焼いたもの、煮たものがよく出された。
デザートはライスプリン。これも甘い。無茶苦茶甘い。





トルコの観光の入り口はほとんどこのようなスタイルです。
入場チケットも同じ形でした。バーコードの部分をゲートに差し込み回転式のゲートから入場する


世界最大級の遺跡 エフェソスです。 ローマのポンペイよりすごいかな?
ローマのポンペイの遺跡は、住宅、商店が残っていて、庶民の生活が手に取 るように分かるのだが、町が小さかったこともあって、大きな公的建物が少ない。ここエフェソスは州の都だけあって、立派な建物には圧倒されてしまう。 
紀元前10世紀に都市国家 AD133ローマの属領 最盛期は人口25万の大都市でした。









今夜のホテルは
COLOSSAE THERMAL HOTEL コロッセア サマール ホテル



今夜の元気ばばたちは・・・・・・ごらんのごとく、風呂ではありません。

アップに耐えれないので、確認できる最小サイズににしました。


# by banpakugenki | 2006-11-26 00:09
バッレカムからカッパドキアへ 11月29日(4日目)
この日は、朝7時半の出発でした。パムッカレとヒエラポリスを別の遺跡と思っていたのですが、ヒエラポリスの遺跡の中にパムッカレはあるのです。

ヒエラポリスの北入口に近いところにある「ネクロポリス」(墓地)で、古代共同墓地としては、最大のものです。

あたりはまだ薄暗かった。

ヒエラポリス遺跡、一体どこにあるのか、
少し建物も見える。ここが遺跡なんだ。


石灰棚が見え始めた


パムッカレの石灰棚は世界遺産に登録されている。幾重にも段々畑のように重なり合った石灰棚は雪山のようにも見える。頂上から温泉水が流れ下って来る、棚は小さな池のようにもなっていて温泉水がたまり、見た目の白とブルーが独特の雰囲気をつくる。しかし、開発ラッシュのせいか温泉が枯れてきているとのこと。調整されているのでしょうが、流されている量が少なくて、乾いてしまっている石灰棚はみすぼらしい。立ち入ることの出来る場所も限られている



現在は湯量も少なく、観光客が多いため、石灰棚保護のため裸足で歩く事が義務づけられたり、自由に入ることも出来なくなっています。しかし幻想的風景であることには変わりがありません。
別名「綿の城」ともいわれていますが、真っ白にモコモコと入道雲が貼り付いた美しい感じを表現したものか、昔からこのあたり綿花の栽培が盛んであったという説もあります


途中の道は延々と続く バスはアナトリア高原を走る。今は枯れた大地、緑の頃は美しいでしょう


やっと昼食にありつけた。










トルコ風ピザ 薄い皮にミンチをのせ焼いたものです。
オーダーした飲み物はAiran:ヨーグルトに塩を入れた飲み物。ヨーグルトには糖分ってイメージがあったので初め飲んだ時はビックリしたけど慣れるとクセになります。こってりした料理に合います


コンヤ市内の踊る教団として知られるイスラム神秘主義の一派、メヴレヴィー教団の創始者メヴラーナ・ジェラールッディン・ルーミーの霊廟。 今は博物館になっている






今夜のホテル
RESORT DEDEMAN HOTEL リゾート デデマン カッパドキア

約700キロのバスの旅
ホテルに着いたのはかなり遅かった。
しかし元気ばばは、パソコンで皆様のHPやブログをチェック。
どなたのページかな?

# by banpakugenki | 2006-11-26 00:08
カッパドキア 11月30日 (5日目)
昨日の長旅もなんのその。元気ばばたちは今日もピース写真で1日が始まりました。

ギョレメ野外博物館 冬ファッションですが、日本と同じ気候。添乗員に雪が降ったといわれ、ババたちの用心です。日本より暖かかったようです。少し歩き始めたら上着は脱ぎました。
ここは入り口の近く、これから歩いての見学です。












今回のツアーは31人、日本からの添乗員とトルコ人のガイド、運転手にアシスタントでトルコの旅をしたのです。参加者の多くは退職後のご夫婦が多く、BABA軍団は私たちだけです。日本人観光客も多く、他社のツアー客とはあちらこちらで再会、みんな同じ旅をしているようでした。
今日は宿は連泊、カッパドキアの観光がたっぷりかと思ったのですが、じゅうたん工場の見学、トルコ石販売店へワインのテイスティングと大忙しの一日でした。 

ワイン・・・酒屋に行って、試飲販売といってもさかずき1杯1種類、ワインを買いなさい!でした。
ツアーのパックは、このスタイルは必ずのコースです。やむない。


カッパドキアは、標高1000メートルを超えるアナトリア高原中央部に、岩石地帯が広がる台地です。キノコや煙突のような形の奇岩が林立し、巨岩がそびえる景観はまさに自然の驚異です。
3世紀半ば、ローマ帝国の弾圧を逃れたキリスト教の修道士たちが、カッパドキアに移り住みました。
彼らは柔らかい岩をくり抜いて住居や教会を作り、12世紀に作られた洞窟教会には、光がささないため当時のフレスコ画がそのまま残っています。
キリスト教徒たちは、身を隠す場所を地下に求めました。地下都市は、地下8階に及ぶ巨大
内部には台所や食料庫、教会があり、長期間生活するための施設が整い、都市としての機能を果たしていたことが伺える。
外気は40mの長さの通気口から取り入れ狭い通路が迷路のように張り巡らされている。


                                                   
                                                         
旅行社の案内書には、洞窟レストランで昼食、と書いてあった。期待感いっぱい。
そのレストランはエリア内の普通のレストランでした。内装が洞窟風に作ってあっただけ、ちょっとがっかり。いいえかなりがっかり!



ランチも今回の旅の中では一番悪かった。
白いんげん豆のトマトスープ・虹鱒・プリン
なぜか?キッコーマン醤油が?




めちゃんこ美味しい━(゜∀゜)━!! ことはない。同じようなスープが毎回出されるから写真とっておかないと忘れる。 
トルコのスープは基本的にトマト味?私にはそんな印象が強い。

カッパドキアのホテルの夕食はバイキングでした。
こんな食事を朝晩食べ、運動量も少ない。デブにならないわけがない。
トルコは乳製品も多くチーズは豊富です。
どこの店もどのお菓子・デザートは激甘です。






レストランで料理の実演してくれるのです。ぺらぺらのパイ生地(ではない)にチーズと肉を入れるのです。果物コーナーでは日本の温州みかんがありました。どこのホテルでもあったのですから、トルコの人も食べているでしょう。味もまったく、一緒でした。 写真の左下。

もっと詳しく見たい人は・・・・クリック


食後何をしたかは記録にない・・・・お疲れでおやすみなさい Zzzzzz~~~ かな?

今夜のホテル連泊


# by banpakugenki | 2006-11-26 00:07
カッパドキアから首都アンカラへ 12月1日 (6日目)
午前中はカッパドキアの観光
カイマクル地下都市  紀元後400年頃、イスラム教徒からのがれるためにキリスト教徒が岩に穴をあけ住んだ住居跡へ。その深さは50メートル以上
案内表示にしたがって歩かないと迷路に迷い込んだみたいです。














ランチはしゃれたホテルのレストランで。レスロランの窓からは雄大な景色が眺められた。
はとの谷という地名の場所






独特のトルココーヒー もちろん有料 スープの名前はタラナスープと説明されたが何のスープかわからない、普通ののトマトスープでした。


トルコの車のナンバー




バスはシルクロードを450万人の首都、アンカラにむかって走る。




中の見学はしなかったが、キャラバンサライに少し立ち寄り。
10世紀頃から多く建てられた現在のホテルやインとしての役割を果たす旅人達の宿のことをキャラバンサライ又は隊商宿と呼びます。
らくだや馬やロバなどの動物の背中に荷物を乗せ、隊を組んで長い旅を続けていた商人達(キャラバン)にとって周辺に何もないようなところに建てられた宿は宮殿(サライ)のように大きく立派な建物としての印象を受けたことから、次第にキャラバンサライという名で呼ばれるようになりました。

夕食は、旧市街地のアンカラ城近くのレストランでした。









レンズ豆のスープ・チーズパスタ・牛肉の炒め・ミルクプリン
プリンは甘くて食べられませんでした。


今夜のホテルは
ANKARA HILTON SA アンカラ ヒルトン SA

今夜の宿はヒルトンホテルです。
一番豪華なホテルでした。



# by banpakugenki | 2006-11-26 00:06
アンカラからイスタンブールへ 12月2日 (7日目)
いよいよ最後の町、1200万人のイスタンブールへ。
初日飛行機はイスタンブール着だったのですが、その日は宿泊しただけでした。
アンカラからかなり走ったと思います。
バスはイスタンブールに近づくと都会だと感じさせるのもが目につき始めました。
トルコは看板の少ない国でした。日本なら道路に看板がいっぱい立っているのに広告用の看板は見ませんでした。ないことはないと思うのですが、日本のようなことはありません。








ボスポラス海峡をはさんだアジア側です。


ボスポラス海峡を渡ります。海峡には2本の橋がかかっており、交通渋滞はいつものことだそうです。
2番目にかけられた橋は石川島播磨重工が作った橋です。
2010年には地下鉄も開通します。
トルコの高速道路はとっても安い、アンカラからイスタンブールまで8リラ60クルシュ、日本円なら700円くらい。日本なら300キロいくら?信じられない安さです。トルコの消費税は18%です。日本は5% 








大型バスの通行料は8リラ 320円です。
ただ、この料金はトルコ人のガイドの説明で、確認したわけではない。日本語は流暢にしゃべるが一方的な観光ガイド。変わった話を質問すると、本人は答えを言っているつもりのようですが、私には違う答えが返ってくるようにも聞こえるのです。

ランチはキンカク湾の前の旧市街地ののレストラン







イスタンブール市内と言うことだろうか。今までのレストランの飲み物代金に比べると高い。
ビール500円・ジュース320円・水240円・コーヒー240円でした。
にんじんサラダ・でっかいパン・ピザ・シシカバブ・肉の上のオレンジ色のもの、わけのわからないブルブルというおかず・そして甘~いデザート
日本に帰ってからわかったのですが、このブルブルという名は間違いで、ブルグルいうものでした。

トプカプ宮殿
キンカク湾、ボスボラス海峡、マルマラ海を一望できる丘の上に建つトプカプ宮殿
宮殿は15世紀~19世紀にかけて栄華を誇ったオスマン帝国の中心でした。
今は博物館になっている。
表敬の門から入る。














夜はシーフードレストランへ
港の近くなのか・・・?近くにはたくさんの魚屋が露天を出している。それも夜なのにです。日本では朝市なのに
・・・理由は、夜でもお客が来るから。と言うガイドの説明でした。何か理解できない説明でした。
写真がないのが残念。お店の道路反対側にはいっぱいの魚屋が並んでいました。











食後はグランドバザールへ
グランド・バザールは、「屋根付きの市場」。オスマン帝国が1453年にビザンツ帝国を滅ぼした後、メフメト2世が建設しました。 グランド・バザールは5000近い店舗と2000以上の工房、その他に銀行 、モスクがある巨大市場です。イスタンブルで最も大きな市場ですが、現在では完全に観光客用となっているようです。でも、何でもそろうのでやっぱり来てみたくもなります。同じような通りが縦横に交差しているので、迷子になりそう。
メイン道路には金銀のお店、路地にはさまざまな商店があり、ババたちは右往左往。
ここも日本人と見ると「安い。安い」と声をかけてきます。












今夜は1泊目と同じホテルへ、トルコ最後の夜になりました。
# by banpakugenki | 2006-11-26 00:05
イスタンブール市内見学 12月3日(8日目)
とうとう最後の見学日になリました。
今日は遅めの出発です。この旅行(パックツアー)は朝早く夜遅い、かなりの強行軍でした。
市内見学で移動は少ないのですが、みんな疲れ気味です。
でも朝食のバイキングを見ると「がんばるぞ~~!」

入り口まではダラダララと・・・・中に入ると、さあ「いただきます!」



ブルーモスク
1600年代に建てられたスルタンアフメット・モスクです。内部の壁が美しい青と白のクタイルで飾られていることから、ブルーモスクと言う名で呼ばれています。このモスクの最大の特徴は優雅な六本の尖塔を持つことです。六本の尖塔は、当時イスラム教の最高聖地メッカにしかなかった。現在でも六本の尖塔を持つイスラム教寺院はここだけと言われている。






さあ最後のランチは・・・・








パン・スープ名前はヤイラ 名物のドネルケバブです。肉 甘~いストロベリープリン


アヤ・ソフィア(ハギア・ソフィア)イスタンブールのドーム型をした、世界で4番目に大きな教会です。 
4世紀ローマ帝国コンスタンティヌス2世によって、ギリシャ正教の総本山として建設されたが、その後焼失。  6世紀、再建、13世紀初頭、十字軍の略奪等で修復作業が重ねられ、15世紀オスマントルコに征服されると、ミナレット(尖塔)が付け加えられ、イスラム教の寺院として生まれ変わった。
そのため内部は壁をはがすとキリストの壁画が現れた壁面も見られる。
その時代に合わせた宗教壁画になったようです。アヤソフィアの一番のみどころはモザイク画です。






地下宮殿(イェレバタン・サライ)   
 6世紀ユスティニアス帝の時代に、戦争中水に困らないようにと、地下の貯水槽として造られた。 ビザンティン様式の頭柱が付いた柱が、透き通った水面に、360本のコリント式支柱が、規則正しく並ぶ広々した地下の貯水池。ひんやりとしていて
ライトアップされているせいか幻想的な雰囲気でした。





スレイマニエ・モスク(ジャーミー)
 巨大なドームと四つの尖塔を持つスレイマニエ・モスクは、金角湾の西岸に聳え立ち、イスタンブールのモスクの中で一番美しいと言われています。旧市街の丘の上にあるのでどこからでもその美しいモスクを見ることが出来ます。イスタンブールで最も美しいと言われるモスクです。
イスタンブールにはこんな形のモスクが点在しています。
普通に暮らしているすぐ横にこんな歴史的建物があるのってとても不思議な感じです。














女性は男性とは別の部屋でお祈りします。


ブルーモスクなどが立ち並らぶ旧市街地では市内電車も見かけました。



ボスポラス海峡グルーズ
ヨーロッパとアジアを分けるボスポラス海峡。南はマルマラ海、そして北は黒海へと続いている。どちらの海も内海であるためか、ボスポラス海峡の波はとても静か。
海峡周辺は、かつての軍事的要衝から、富裕層の邸宅群、そして両岸を結ぶ2本の巨大な橋など、雄大な景色を見ることができる。
冬は観光のオフシーズンなので、定期船の便数は少ないようですが私たちはチャーター便。乗客は私たちだけ。
停泊中から船内でチャイ(紅茶)を持ってきた。サービスかと思ったら2リラを請求された。独特のグラス一杯に注がれたチャイは赤くて美しい上に不思議といつまでも熱い。添えられた角砂糖を2つ入れ、小さいスプーンでクルクルかき回す。最後日は、はなんとなく寂しさが・・・・。
紅茶っておいしいなあ。でも砂糖2個は多すぎた。
早速、物売りの商売も始まる。買い物はこれがチャンスですよ、と巧みな日本語に残ったお金を出させようと言う売り手、客は私たちだけの強みで団体で値切りの交渉。
トルコの商売もわかってきたわれわれは、あの手この手。
見ているだけで楽しい。






# by banpakugenki | 2006-11-26 00:04
最後のディナー 12月3日~4日(最終日)
いよいよトルコの旅も最後のディナーです。旅のパンフレットや行程表にはレストラン名は記入されていません。どこで何を食べるかはそれまでのお楽しみです。
今夜の夕食はイスタンブールのシルケジ駅のレストランでした。わ~: ~すごいと一瞬大喜び。
電車大好きのババには最後の晩餐が大好きな駅。

アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事」でも有名です。
シルケジ駅は旧市街にあり、1883年に開通1977年までパリ・イスタンブール間の豪華国際列車「オリエント急行」の終着駅でした。
今も、れんが造りの重厚な駅舎が往時をしのばせる。



 
駅の構内にレストランがあるのです。ドアの向こうはホーム。昔のままのホームです。

欧州からみれば終着駅のシルケジ駅は、トルコにとっては欧州への始発駅。
600年以上続いたオスマン帝国が革命で崩壊し、追放された最後の皇帝一族が故国を去ったのもこの駅。
これまでに多くの移民がここから欧州に旅立った。旧ソ連崩壊後は、中・東欧からたくさんの人がイスタンブールにやってくるようになった。
国際路線が発着するシルケジ駅の一番線はそんな激動の歴史を静かに見守っている。

朝夕には通勤・通学客でごったがえす駅ですが、今は静か。
電車大好きな私には心に残る映像になりました。
ホームは長く、どこまでも続いているようでした。



こんな駅のレストランで最後のお食事。ワクワクです。

このレストランが作られたのは1890年 歴史を感じます

壁面にはオリエント急行の写真

テーブルセッティングは上手。いい雰囲気

飲み物は電車の形をしたワゴンでサービス(もちろん有料)
ポッポ~と音がしたか、しなかったかは記憶にない(笑)

最後のディナー みんなでカンパイ!!
ミネストロールスープ
名前は難しそうですが、野菜煮込みスープ
キャベツ ニンジン たまねぎ じゃがいも セロリ トマト にんにく ウインナー ベーコン


ハンバーグ(肉団子)トマト味パスタ

パウンドケーキと温州みかん

写真を撮るのを忘れましたが、これにサラダがついていた。あまりの豪華なディナーにガックッ!

でも激安ツアーなのだから仕方ないね、BABA達も納得。
すばらしい旅ができたのだから・・・・・最後まで欲張ってはいけません。

夕食後、空港へ

トルコ人ツアーガイド サイトさん


激安ツアーは

添乗員の修平君
お世話になりました。






全走行距離3000kmを超えました。
1日最長距離700kmの移動の日もありました。

       何事もなく無事、日本へ・・・・


旅は、体力・気力・金力そして一緒に行ってくれる友
すべてが整った時、出かけることができる。
今回のトルコの旅も、楽しく充実した時間を過ごすことができました。

快く送り出してくれた、留守番の 夫・OTTO・主人・うちの人・そして同居人に感謝。
お出かけのとき、お渡しした「留守宅心得」をよく守り、寂しさにも耐え、勝手な妻達を迎えてくれて有難う。
出発のとき「おみやげは元気な笑顔をです」・・・・と言ったら、笑顔ではなく、ブツ がいい!
と言われてしまいました。

   元気ばばのトルコの旅 終わり
  2006年11月26日~12月4日 



# by banpakugenki | 2006-11-26 00:03
スケジュール
2006年11月26日~12月4日 JTB旅物語 トルコ周遊ぐるり9日間


26日
【午前】中部国際空港   ソウル   イスタンブール 【夜】 着後、ホテルへ
イスタンブール泊

27日
【終日】世界遺産トロイの古代遺跡観光 
 ホメロスの「伝説の王国」の舞台にした考古学のロマン溢れたトロイの遺跡を見学
★昼食・魚料理  
アイワルク泊

28日
【午前】 ペルガモンの遺跡観光
牧歌的な丘陵地に佇むベルガマに点在し、見る者を圧倒する膨大な遺跡では、アレクサンダー大王の
遺功を受け継いだ栄光の都●アクロポリスを見学
★昼食・チョプシン
【午後】 エフェソス観光
 エーゲ海沿岸、古代地中海文明の中でも最も重要な古代都市遺跡●エフェソス都市遺跡を見学 
パムッカレ泊

29日
【午前】 世界遺産パムッカレ・ヒエラポリス観光
段々畑のように連なり幻想的な純白の風景を造り出す「綿の城」石灰棚、石灰棚の上の聖なる古代都市ヒエラポリスを訪問
★昼食・名物トルコ風ピザ
【午後】 セルジュク・トルコ時代の首都コンヤ市内観光
神学者メブラナや彼の家族などの聖職者の棺が並ぶ●メブラナ博物館を観光
観光後、キャラバンサライに立ち寄り、カッパドキア地方へ
カッパドキア地方泊

30日
【終日】 奇岩連なる世にも不思議な世界遺産カッパドキア地方観光
キリスト教徒がイスラム教徒の迫害を逃れるために地下8階まで掘り下げて作られた神秘の地下都市●カイマクル地下都市や、カッパドキアの奇岩の中でも特に有名な「妖精の煙突」と呼ばれるパシャバー、カッパドキア一高い城跡がそびえるウチヒサール見学
★昼食は洞窟レストラン・マス料理
途中、「カッパドキア・ワイン」のテイスティング
カッパドキア地方泊(連泊)

1日
【午前】 世界遺産カッパドキア観光
イスラム教徒から逃れるためにキリスト教徒が洞窟に住み、岩に穴を開けて造り始めた洞窟教会が集る
ギョレメ野外博物館、洞窟住居の跡が多数残るゼルベの谷 見学
★昼食・煮込み料理
【午後】 アンカラへ ★夕食・牛肉と野菜炒め
アンカラ泊

2日
【朝】 イスタンブールへ   ★昼食・肉料理
【午後】 世界遺産の多いイスタンブール市内観光 ★夕食・肉料理
歴代スルタンの居城にして絢爛豪華な●トプカプ宮殿や、迷宮のように道が入り組み、所狭しと軒先に商店が並ぶ巨大マーケットグランドバザールに
★夕食・シーフード
イスタンブール泊

3日
【終日】 ボスポラス海峡クルーズとイスタンブール市内観光
アジアとヨーロッパの架け橋であるボスポラス大橋やアジアとヨーロッパが一つの都市にまたがる
イスタンブールの街の景観をクルーズ
ビザンチン芸術のイスタンブールを象徴する、モザイク画が素晴らしい大聖堂●アヤソフィアや青のタイル
で有名なオスマン建築の最高峰●ブルーモスク、ビザンチン時代の地下貯水池に巨大の地下空間●地下宮殿や、イスタンブール旧市街の一番高い丘に建つオスマン帝国の象徴●スレイマニエモスクを訪問
★昼食・名物ドネルケバブ  夕食はシルケジ駅のレストラン・パスタ料理

【深夜】イスタンブール   空路、ご帰国の途へ 機中泊

4日
【夜】ソウル   中部国際空港(夜)   着後、解散              

# by banpakugenki | 2006-11-26 00:00
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